変わらない贅沢。一色の森が「何もない」ことを誇り続ける理由

一色の森の中のからまつ山荘 サウナ施設

ゴールデンウィークという大きな節目を終え、ようやく一色の森にいつもの静寂が戻ってきました。

この連休中、本当に多くのお客様に足を運んでいただきました。遠方から、あるいはリピーターとして、わざわざこの奥飛騨の森を目指してきてくださった皆様に、心より感謝申し上げます。

皆様をお見送りした後、私は改めて森の中に立ち、深く息を吸い込みました。そこにあるのは、都会では決して味わうことのできない、圧倒的な「無」の豊かさです。今日は、私がなぜこの場所で「足し算」ではなく「引き算」の運営を続けているのか、その想いを綴らせてください。


都市で失われ、森に根付いているもの

現代の私たちの生活は、物で溢れています。指先一つで何でも手に入り、夜になっても街は煌々と輝き、沈黙さえもデジタルな音にかき消されてしまう。利便性と快適さを追求した結果、私たちは多くのものを手に入れましたが、同時に、人間が本来持っていた「感覚」をどこかに置き忘れてしまったのではないでしょうか。

一色の森に一歩足を踏み入れれば、そこには皆さんが普段当たり前だと思っている「快適な設備」は最小限しかありません。しかし、その代わりにここには変わらず根付いているものがあります。

  • 星の明るさ: 街灯のない夜、空を見上げれば、降り注ぐような星々に圧倒されます。暗闇を知るからこそ、光の尊さを知ることができるのです。
  • 澄んだ空気: 森の木々が吐き出す酸素と、土の匂い。肺の奥まで洗われるような感覚は、ここでは日常です。
  • 森の静寂: 何も音がしないわけではありません。風が葉を揺らす音、川のせせらぎ。それらを「静寂」と感じられる心の余裕を取り戻せます。
  • 貴重な植物と小鳥のさえずり: 足元に咲く小さな山野草や、朝霧の中で響く野鳥の声。これらは人間がどれだけお金を積んでも作り出せない、地球の財産です。

一色の森は、これらを守るための場所でありたいと考えています。

「快適さ」の追求が、大切なものを壊さないために

施設を運営する身として、つい「もっと便利な設備を」「もっと豪華なラウンジを」と、人間の快適さを追求したくなる誘惑に駆られることもあります。しかし、私は自分にこう言い聞かせています。

「自然を損なってまで作る快適さに、一体何の価値があるのか?」

コンクリートを打ち、原生林を切り開き、都会と同じような利便性を持ち込めば、一時の満足度は上がるかもしれません。しかし、それでは一色の森である意味がなくなってしまいます。

私がDIYで一つひとつ手作りしているのも、単にコストの問題ではありません。この土地の傾斜、木の立ち方、水の流れを読み、できるだけ自然に負荷をかけない形で「お邪魔させてもらう」ためです。余分なものを削ぎ落とし、ありのままの姿を大事にすること。それこそが、この森に対する私の敬意(リスペクト)です。

自然と共存し、ともに歩む

一色の森プライベートサウナの主役は、サウナ室でも水風呂でもありません。主役は、それらを包み込む「森そのもの」です。

薪を割り、火を熾し、山から引き込んだ冷水で体を締める。外気浴の最中に肌を撫でる風が、季節によって温度を変える。こうした体験を通じて、私たちは自分たちもまた自然の一部であることを思い出します。

これからも、一色の森は大きく変わることはありません。豪華なホテルになることも、最新鋭のレジャー施設になることも目指しません。ただ、そこにある自然が、10年後も20年後も変わらず美しくあり続けるために、私たちは自然の歩幅に合わせて歩んでいきます。

変わらない「一色の森」で待っています

「何もないけれど、すべてがある。」

そう感じていただけるお客様に支えられ、一色の森は今日も呼吸を続けています。 便利さを捨てた先に見えてくる、本当の豊かさ。それを分かち合える場所として、これからもこの森を守り続けていきます。

連休中にお越しいただいた皆様、本当にありがとうございました。 そして、これから訪れる皆様。 どうぞ、身一つで、ありのままの自分に戻りに来てください。

変わらない一色の森で、皆様のお帰りをお待ちしております。


オーナーより一言 季節はこれから新緑の、最も生命力に満ちた時期を迎えます。山菜の力強さや、川の水の清々しさを感じに、ぜひまた遊びにいらしてください。

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